なんかの日記

精神のデフラグをしている。

薬を飲み忘れた

昨日の夜に飲むはずだった薬を飲み忘れた。

ここ最近は2日に1回のペースだったから、今日は久しぶりに薬の効果がほぼ0になっている。

想像以上に苦しい。薬の離脱症状ということもあるかもしれないけれど、こんなに生きることが苦しいとは思わなかった。

頭の中の顧問にも「お前なんか死ねばいいんだよ!!!」と怒鳴られてしまった。しばらく見なかったのに相変わらず凶暴だ。

応急処置として、余っていた昔の薬(1日3回飲む薬)を飲んだけど、効き方が違うのか自分が慣れてしまったのか、効果は今一つ心許ない。

結局自分は、まだ薬を飲まないとまともな生活すら送れないのかと情けない気持ちが溢れてきた。

最近精神が安定してきたのはトラウマを克服したからなどではなく、ただ単に100%薬のお陰だったのだ。長い苦しみが少しでも報われたなどと一瞬でも思ってしまった自分がひどく醜く馬鹿らしく思えてきた。

うつや不安障害などの診断が出ているならば、それ相応の苦痛があり、それを薬で治療しているのは至極妥当なことだと思う。

しかし、私は病名の診断も降りない程度の、言うなれば少し風邪を拗らせた程度で、毎週病院から強い風邪薬を頂いているようなものだ。

周りの人がそれぞれの苦痛を抱えている中、周りと比べれば自分などきっと大した事はないのに、もはや心療内科に通ってお医者さんと他の患者さんと薬剤師さんの時間を奪っている自分がとてつもなく嫌いになってきた。

いっそ本当に、自分はこの世にはいない方がいいのかもしれない。

だが自殺を実行するほどの根性はなく、安易にトラックに轢かれない程度の危険予測は身につけている。

第一「この世から居なくなりたい」は「死にたい」とは少しニュアンスが違う。ほぼイコールではあるけど、自分という存在が消滅すること自体は正直望んでいない。誰にも存在を認知されず益も害も与えない窒素のような存在になれれば、誰にも迷惑を掛けなくて済むんじゃないか、という感覚に近い。
それに加えて屑みたいな自分への嫌悪感を込めて「この世から居なくなりたい」という表現がしっくり来る。


ここまで書いて、別に引き止められたいからという訳でもなく自殺を仄めかすような文書を自分が書いていたことに少し驚いた。

これがいわゆる「希死観念」というものだろうか。

本当に、誰かに心配してもらいたいとかそういった意図は一切なく、ただただ自分は居ない方がいいのではないかと思った。

「そんなことはないよ」と言われたい訳でもない。いや、でも「そうだそうださっさと死ね」と言われるのは嫌だ。そう考えると「死にたい訳ではないけど自分は今すぐ死ぬべき人間だと思っている」というのが今の感覚の言語化として適切のような気がする。

とはいえ、不特定の誰かに無闇に苦痛を押し付け、救いを要求するほど非礼な行いはしまいと心に誓っている。

かといって、心の底から助けを求められる人が居るかと言えば、正直居ない。お医者さんも忙しいのは分かっているから、特に私のような大したことのない患者の診察は手早く済ませたいだろうし、家族が救ってくれることはきっとない。友達にはむしろこんな苦痛など聞かせたくない。迷惑を掛けたくない。

その意味では、私がここで自殺するのは、最も多くの人に迷惑を掛けることにはなる。

幸いこのブログの訪問者も1ヶ月以上0人なので、私の心の嘔吐物をネットの海に吐き出すことぐらいどうか許して欲しい。

生きていてごめんなさい。